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努力は人を裏切らないのか? 「ずっと勘違いしていたこと」――お題を通して“壇蜜的こころ”を明かす「蜜月壇話」

タレント、女優、エッセイストなど多彩な活躍を続ける壇蜜さん。ふだんラジオのパーソナリティとしてリスナーからのお便りを紹介している壇蜜さんが、今度はリスナーの立場から、ふられたテーマをもとに自身の経験やいま思っていることなどを語った連載です。
第1回からお読みになる方はこちらです。


#06
ずっと勘違いしていたこと

 物心ついたときには「ひとりっ子。共働き。保育園のお迎えはいつも最後のほう。間に合わないときは父方の祖父が迎えにきて、長い休みは母方の祖母と秋田でふたりで過ごした」など、ほかの子供と比べて自分の家にはいろいろな意味で余裕がないと勘違いしていた。お金がないとか、時間がないとか、私を育てる余裕がないとか、言葉にする知恵はまだなかったが、勘違いとはいえそういう雰囲気を察知していたと思う。「なんとなくほかの家とは違って、お父さんたちが忙しいのではないだろうか」と小学校3年生くらいまで心のどこかに不安があった。だからだろう。保育園時代から早く大人になりたい、大きくなりたいと、ことあるごとに強く訴えていたと両親は今でも私に言う。私立の学校をお受験し、何かとお金がかかる日本舞踊も習い、希望者のみが行ける海外への研修旅行にも参加できていたというのに。余裕がなかったわけではなく、両親とも仕事やら昇格試験やらで忙しかった時期にたまたま私が保育園児から小学校低学年だっただけなのだ。しかし深読みするわりには、木になっているリンゴと、母にウサギの形に切ってもらって食べるリンゴが同じ種類の果物である、と理解するのに時間がかかるような子供だった。ウサギリンゴはウサギリンゴとしてどこかから収穫すると思い込んでいたし、刺身もリンゴのように、刺身として海を泳いでいると想像して、魚と刺身がともに海を泳ぐ絵を描いたりしていた。間違った方向に深読みしやすく、想像力がちょっと残念な子供は、世間知らずのままひとりっ子として身内にちやほやされ、優しい大人に囲まれ、そのまま中学生まで進んでしまう。当時はぶ厚い前髪のショートカットで、遠目に見たらヘルメットをかぶっているようだった。体もちょっとふっくらして見るからに愚鈍な雰囲気で、子供同士の交流も下手、ケンカもできない、要領も成績も悪い、おまけに考えをうまく伝えられないとなれば、小学生時代はポンコツ呼ばわりされ「仲間じゃない」と敬遠されたのも、今思えば仕方がなかった。子供はときとして残酷だし。ドッジボールもポートボールも、仲間からいっこうにボールをパスしてもらえない子供、と言えば読者の皆様にも伝わるだろうか。
 それでも、中学生になる少し前に「努力は人を裏切らない」と誰かから教わり、「努力すれば勉強も友人との交流もうまくいく」と信じるようになった。近所の年上の姉さまから勉強を教わり、控え目だが見た目も異質な雰囲気を出さないようにして(前髪を上げて少し減量した)、姉さまに友人との付き合い方もレクチャーしてもらった。以前の自分をなかったことにするようにがむしゃらに勉強したり見た目を整えたりし、小学校からの内部受験で中学校に進み……すると、外部の学校から入学してきた女子たちと仲良くなれた。がんばりは認められたんだ! と「努力は人を裏切らない」マインドをますます信じるようになった。高校、大学とその精神でなんとか仲間はずれや落第はまぬがれたが、就職を控えて「ちょっと気の利いたことを言ったり書いたりして個性を見せる」的な就職活動独特の戦い方を習ったり自ら学んだりするまえに挫折してしまう……。こうして、がんばる方向を見失ったまま大人になり、親に甘えて専門学校入学と就職を数回繰り返すことになる。保育園時代の私の抱いていた危機感はどこへ行ったと、当時の自分の脳天にチョップしたくなる。
 そして三十路に突入するのだが、インターネットの記事で「努力も方向性とやり方を間違えたら普通に裏切るよ」と、ある男性アスリートがしれっと語っているのを目にして、「そうか、努力は人を裏切らない、とは言えないんだ」と、言われてみれば当然の事実にハッとした。ノートを一生懸命きれいにまとめても頭に入れる方法を知らなければテストでいい結果は出せなかった、大事な言葉だからとテキストにアンダーラインを引いても、家に帰って復習しなければ覚えられなかった……そうだ、そうだった、と。社会の一員になったときも「結果がすべてだ」と言う上司は多かった、「がんばります」と言って努力しても、結果を出せなければ評価されないことは多々あったじゃないか、むしろダメだしされたじゃないか、とどんどん男性アスリートの言葉が身にしみてきた。ティーンになりたての頃から30歳を過ぎるまでずっと、リンゴとウサギリンゴは違うもの、のように勘違いしていたのは、「〝努力は人を裏切らない〞は絶対である」ということだった。
 がんばることは悪いことではない。しかし成人して社会の一員となったときにがむしゃらにがんばった自分を見せても、結果を伴わなくては誰かのために働くことにはならない。独りよがりでは社会の一員にはなれないのだ。こうなりたい、こうしたいと目標を立てたり、要求されたことを見据えて、どうアプローチするかを計画したり……。多くの社会人が当たり前にできていることに最近気づかされた私は、すでに40歳を過ぎた。遅ればせながら落ち着いて、無理なき計画を立てながら仕事と向き合いはじめている。

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プロフィール
壇蜜(だん・みつ)

1980年秋田県生まれ。和菓子工場、解剖補助などさまざまな職業を経て29歳でグラビアアイドルとしてデビュー。独特の存在感でメディアの注目を浴び、多方面で活躍。映画『甘い鞭』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。『壇蜜日記』(文藝春秋)『たべたいの』(新潮社)など著書多数。

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