比べてみると、生き物の体のしくみが見えてくる!「キリンと人間、どこが違う?」郡司芽久
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比べてみると、生き物の体のしくみが見えてくる!「キリンと人間、どこが違う?」郡司芽久

 キリンと人間はまったく違う動物――それは本当でしょうか? 生き物を知るうえで比較はとても大事なのです。動物学者で「キリン博士」の郡司芽久さんが、動物の体の「形」の謎やユニークな進化について楽しく解説します。浅野文彦さんのイラストも必見!
 今回のテーマは「ツノ」。動物のツノは何のためにあるのでしょうか?
 *当記事は連載第2回です。第1回から読む方はこちらです。

キリンのツノは、役立たず?

 キリンの頭には、2本の短い突起が生えている。突起の周囲は毛に覆われて〝ぽわぽわ〞し、先端は丸っこい。この15センチほどの短い突起が、キリンのツノである。キリンは、哺乳類のなかで唯一、生まれた瞬間からツノをもつと言われる生き物だ。生まれたばかりの赤ちゃんであっても、頭の上には、小さなコブに毛の束が生えた立派な「ツノ」が生えている。

 ツノというのは、不思議な器官だ。ヒトがもっていないにもかかわらず、なぜだか少し身近に思える。私たちは怒った人を「ツノが生えた」と表現するし、さまざまな物語にツノをもつ人型のキャラクターが登場する。現在空前の大ヒット中の漫画『鬼滅の刃』でも、鬼と化した主人公の妹・竈門襧豆子(かまど・ねずこ)が戦闘中に覚醒すると、額の右端にウシのツノのようなものが出現する。国内だけでなく、ギリシャ神話やケルト神話のなかにもツノをもつ神々が描かれている。ヒトは古来、ツノに対する強い興味や畏怖、あるいは敬意をもっていたようだ。
「もしツノをもつ生物が存在しなかったら、たとえSFの世界であっても、あんな見た目の空想生物を創造することはできなかったに違いない」――これは、シカのツノに関する知見をまとめた「Deer Antlers(シカのツノ)」という英語の専門書の中の一節だ。博物館や動物園で、多様な形の美しいツノをもつ動物たちを眺めていると、そんなふうに言いたくなる気持ちもわかるような気がする。ツノは、私たちがもたないものだからこそ、あれほどまでに神秘的なのかもしれない。
 というわけで今回のテーマは、私たちを魅了してやまない「ツノ」である。

 地球上には、ツノをもつ動物がたくさんいる。
 ヒツジの仲間である「オオツノヒツジ」はクルンとカールした巨大なツノをもつし、多くのヤギの仲間には、スラッと後ろに伸びた細長いツノが生えている。今年の干支の「ウシ」も、黒っぽい太めのツノをもつことでおなじみだ。シカは枝分かれして大きく広がったツノをもち、サイの鼻先には尖った立派なツノがある。太いものから細長いものまで、ツノというのは、じつに多種多様だ。
 そのなかで、キリンのツノは随分とつつましやかである。体の大きさの割にかなり小さく、先端は丸みを帯びている。黒光りしたウシの太いツノや、長く尖ったサイのツノがとても強そうなのに対して、キリンのツノはどこか頼りない。先端が丸いので、激しくぶつかってもたいして痛くなさそうだし、場合によってはツノ自体がポキッと折れてしまいそうでもある。
 だからだろうか。キリンの体について研究していると話すと、「キリンのツノって、いったい何の役に立っているんですか?」と尋ねられることが多い。「あれって役に立たないんですよね?」と言われることまである。
 体感的には、ツノに関する質問は、キリン最大の特徴である「長い首」に関する質問よりも多いくらいだ。長い首は「高い場所にある葉っぱを食べることができる」という利点がイメージしやすいのに対して、短くて弱そうなキリンのツノは存在意義が想像しづらく、それゆえに興味を惹かれるのかもしれない。あるいは、ほかの動物のツノとずいぶん趣が異なるため、「そもそもあれはツノなのか?」と疑問をもつのだろうか。いずれにしても、あの短い2本のツノにはなんだか不思議な魅力があるようだ。
 はたしてあのツノには、どんな役割があるのだろうか?

ツノの働きって何?

 多くの動物にとって、ツノは基本的に「武器」である。硬いツノで相手の体を傷つけたり、ツノ同士をぶつけて闘ったりする。大きく広がったツノや長く伸びたツノには、体を大きく見せて戦闘相手を萎縮させる効果もありそうだ。
 ウシの仲間では、雄雌ともにツノをもつ種が多いため、「自分を襲いにくる敵を攻撃する武器だろう」と言われている。一方シカの仲間の場合は、オスだけがツノをもつ種がほとんどなので、「メスをめぐって同種のオス同士で闘うときの武器だ」と考えられている。ただし、これはあくまで全体の傾向で、ウシの仲間でも同種内の闘争時に武器として使っている種はいるし、シカの仲間でもオオカミなどの捕食者を脅かす武器として使っている可能性はあると言われている。

 さて、それでは、キリンのツノはどうだろうか? 実際のところ、はっきりしたことはよくわかっていない。とはいえ、過去の研究者たちによって、いくつかの仮説は提唱されている。
 まず1つ目は、攻撃のための武器という説である。オスのキリンは、メスをめぐって互いの首をぶつけあう「ネッキング」という闘争を行う。ツノは、その際に相手にダメージを与える武器である、という考えだ。
 周囲が毛で覆われているからか、キリンのツノを「スポンジのようにやわらかいもの」と思う方もいるようなのだが、じつはあのツノの中には骨が詰まっていて、ウシやシカのツノと同じくとても硬い。以前、キリンの解剖をしているときに、クレーンで吊ったキリンの頭が自分の腕に思いっきりぶつかり、ツノが当たったところに大きな青あざができたことがある。ぽわぽわした毛がついていてかわいいツノと思われがちだけれど、その攻撃力の高さを身をもって経験した私からしたら、あれは立派な武器である。小さくて何の役にも立たなそうというのは、あの痛さを知らないからこそ言えることだ。
 単に「ぶつけたときの攻撃力を高める」というものではなく、相手の体に頭が激突したとき、脳に衝撃が伝わらないよう力を分散する役目があるのではないか、と考えている研究者もいる。攻撃しつつ防御にもなる、というわけだ。
 ただし武器仮説には弱点がある。メスや子供にもツノがあることをうまく説明できないのだ。オス同士の闘いに必要ということならば、シカの仲間のようにオスだけがツノをもち、大人になって性成熟したあとにツノが発達するほうが理にかなっている。
 もちろん、雌雄どちらか一方に必要な器官が、どちらにも備わっていること自体は珍しくない。身近な例で言えば、ヒトの男性の乳首だってそうだ。特に何かの役にたつわけではなくても、生きていくのに不利でないならば、進化の過程でそのまま残ることはある。

 次の仮説は、まったく異なる視点だ。キリンのツノは成熟した大人であることを示す証拠だというものである。はじめに書いたとおり、キリンは生まれたときからツノをもち続ける動物だが、年齢や性別によってツノの形は異なる。メスや若いオスだと細く華奢で、先端には長い毛が生えている。一方成熟した大人のオスは、太くて表面がゴツゴツしたツノをもち、ツノの先端はハゲている。周囲の草木で体が見えなくても、ツノを見れば、十分に成熟した個体か若い個体かがわかるため、野生のなかで交配相手を探す際の目印になっているのではないか、という考えだ。
 キリンのツノには体温調節の機能があるという仮説もある。体の深部で温まった血液が、ツノの皮膚表面の血管を通る際に外気温で冷やされ、体温が調節されている、という説だ。
 暑い地域に棲む動物や、体の大きな動物では、体内にこもった熱をいかに放出するかはとても重要だ。熱がこもって血液の温度が上がると、内臓や脳がのぼせてうまく働かなくなってしまうからだ。たとえばゾウの大きな耳や、オオハシという鳥の立派なくちばしは、「体内の熱を空気で冷ますラジエーターのような器官」として効果的に使われていることが知られている。
ただし、キリンのツノは、ゾウの耳やオオハシのくちばしほど表面積が大きくないので、冷ます効率はとても悪いだろう。ツノの周囲の皮膚は分厚いため、皮下の血液を外気で冷ますことができるのかも疑問だ。
 なんと、そもそもキリンのツノには大した働きがないのではないか、という仮説もある。こう書くと、わからなくて匙(さじ)を投げたように思われてしまうかもしれないが、そういうわけではない。「今のキリンのツノは、退化して役目を失い、小さくなったものである」という仮説だ。
 現在ではキリンとオカピのたった2種しかいないキリン科の仲間だが、かつては30種以上存在していたことがわかっている。数百万年以上も昔、中新世と呼ばれる時代の話だ。そして、これらの絶滅したキリンの仲間のなかには、首が短めで、とても大きな立派なツノをもっていた種がいたのである。
 たとえば、ブラマテリウムという名の絶滅したキリンの仲間は、今のキリンよりもはるかに長い、35センチにもなるツノをもっていたことがわかっている。シヴァテリウムは、巨大な胴体に短い首というキリンの仲間らしからぬ体形をしていて、左右に広がった大きなツノをもっていた。2015年に新種として報告された化石キリン「ゼノケリクス・アミダラエ」は、後頭部に取っ手のような発達したツノがあったとされる。ちなみに「アミダラエ」という名は、後頭部のT字型のツノが、映画「スターウォーズ ファントム・メナス」に登場するキャラクター「アミダラ・パドメ」の髪型の1つによく似ていることからつけられている。

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 大きくて重いツノが生えた頭を支えるのは大変だ。首が長くなってしまえば、重い頭を支える労力はさらに増す。かつてはキリンのツノも何か大事な役目を担っていたのだろうが、首が長くなる進化の過程で徐々に退化して小さくなり、ついにはほとんど役割を失ってしまったのかもしれない。もしそうであるならば、現在生きているキリンだけを見ていても、キリンのツノの役目を理解することはできないだろう。

「キリンのツノって何の意味があるんですか?」
 そんな素朴な疑問でも、真実は未だ闇の中だ。生き物の進化を理解するには、今いる生き物たちだけでなく、絶滅した生き物たちの体の構造を明らかにし、比べることがとても重要だ。

5種類のツノ

 ところで、そもそもツノとは、いったいなんなのだろうか? 私たちの体で言えば、どの部分に相当するのだろうか?
 じつは、一口に「ツノ」といっても、キリンのツノとウシのツノは同じものではない。哺乳類のなかには5種類のツノが存在しているのだ。「サイのツノ」「シカのツノ」「ウシのツノ」「キリンのツノ」、そして「プロングホーンのツノ」だ。
 どれも「頭に生えた硬い突起」ではあるけれど、それぞれ異なる部位から作られた別のものだ。第1回で登場した「肺とうきぶくろ」が「一見似ていないけれど、同じ起源をもつよく似た器官」だったのに対し、ツノというのは「似ているように見えるけれど、異なる起源をもつ似て非なる器官」だと考えられている。
 たとえば1つ目の「サイのツノ」は、ケラチンという物質のかたまりだ。ケラチンはタンパク質の一種で、髪の毛や爪、かかとにできる「角質」などに多くふくまれる成分である。硬い組織をつくる素材となり、爬虫類の鱗や鳥のくちばしなどもこの物質でできている。鼻先にできた巨大な「角質のかたまり」–––それがサイのツノである。
 これに対し、シカのツノは「骨のかたまり」だ。頭蓋骨の一部が突起状に伸びて、頭部の皮膚を突き破って体の外に飛び出し、むき出しになったものである。自分の体に置き換えて考えてみるとあまりに痛そうで冷や汗が出てしまう。奈良で見かけるニホンジカだけでなく、シカ科に属する動物のツノはみな同じ構造で、必ず木の枝のように分岐した形をしている。
 ウシのツノの場合は、「頭蓋骨の一部が伸びて突き出たもの」の上に、ケラチンでできた〝さや〞が覆いかぶさった構造である。同じウシ科に属するヒツジやヤギのツノも同じタイプのツノをもつ。シカのツノのように枝分かれすることはないものの、まっすぐ伸びたり、とぐろを巻いたり、ぐるぐるとねじれていたり、種ごとにさまざまな形状をとる。
 続く4番目のキリンのツノも、先ほど述べたとおり、中には骨が入っている。ただし彼らのツノは、頭蓋骨の一部が伸びたものではなく、皮膚(真皮)の中で作られる「皮骨(ひこつ)」と呼ばれる少し変わった骨でできている。皮膚の中で独自に作られる骨なので、キリンのツノの骨は頭蓋骨とは独立したパーツとして存在している。全国の博物館を見て回っていると、時折、この骨を紛失してしまって「ツノなしキリン」になってしまった骨格標本を見かけることもある。そんなときは、どこかに旅立ってしまった「ツノの骨」にひっそりと想いを馳せてみることにしている。
 最後のプロングホーンは、ややマイナーな動物なので、初めて聞く方も多いかもしれない。カナダ、アメリカ、メキシコ北部に生息する偶蹄類(ぐうているい。2本または4本のひづめをもつ哺乳類をまとめたグループ)の仲間で、ウシとシカの中間のような見た目をしている。走るのが速く、精悍な顔立ちが魅力的だ。アメリカの哺乳類学会のロゴに使われているくらいなので、アメリカでは割とポピュラーな動物のようだ。
 彼らのツノは、ウシとほとんど同じ構造だが、「表面の〝さや〞だけが毎年剥がれ、新しく作り替えられる」「ツノの根元に小さな枝分かれがある」という独自の特徴をもつため、ウシとは異なる5つめのタイプとして扱われている。

 このように同じ「ツノ」とはいえ、構造はさまざまだ。「はるか昔、ツノをもつ動物が現れ、そこからツノをもつさまざまな動物が進化した」というわけではなく、それぞれのグループで独自に「ツノ」が進化してきたと考えられている。
 シカ科・ウシ科・キリン科といったグループごとに特有のツノをもっているので、ツノの特徴を知っていれば、体形や雰囲気にまどわされずに、どのグループの仲間か判断できる。「カモシカ」という名前でも、黒いケラチンのさやを見れば、ウシの仲間であるとすぐにわかる。冒頭で、襧豆子のツノを「ウシのツノのようなもの」と評したのは、それが「分岐していない1本の構造」で「表面にうろこ状のさやのような組織が見える」からである。もののけ姫のシシ神様なら、枝分かれしたむき出しの骨のようなツノなので、おそらくシカの仲間だろうと推測できる。
 ちなみに5つのツノは、日本語で言うとどれも「ツノ」だが、英語ではそれぞれ違う言葉が当てられている。ウシは「ホーン」、シカは「アントラー」、キリンは「オシコーン」、プロングホーンはそのまま「プロングホーン」だ。
 なぜだかサイのツノだけは独自の呼び名がなく、ウシと同じく「ホーン」と呼ばれる。独自の名前がない理由はよくわからないが、ほかの4つが「偶蹄目」という同じグループに属する比較的近しい仲間なのに対し、サイだけは「奇蹄目(きていもく。1本または3本のひづめをもつ哺乳類をまとめたグループ、ウマやバクがふくまれる)」という異なるグループに属しているので、あえて違う単語で区別する必要がなかったのかもしれない。

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一生ものと使い切り

 さて、最初に述べたように、キリンは生まれたときからツノをもつ唯一の哺乳類だ。ツノの骨である「皮骨」は皮膚の中に埋まっているので、ツノがあっても子宮や産道を傷つけることがないのだろう。彼らのツノは、生まれた瞬間から死ぬときまである「一生もの」だ。ウシやプロングホーンも、一度生えたら抜け落ちることなく成長する「一生もののツノ」である。
 ところがシカのツノは違う。彼らのツノは、毎年抜け落ちるワンシーズン「使い切り」タイプなのだ。繁殖期が終わり、子供が生まれる春先にツノが抜け落ち、初夏になると再び生え始める。成長中のツノはビロードのような皮膚で覆われ、さわるとやわらかい。この状態のツノは「袋角(ふくろづの)」と呼ばれ、夏の季語にもなっている。夏の終わりにはツノの成長は終わり、以前よりも大きなツノができあがる。成長期のツノは1日2〜3センチほども成長するそうだ。
 ちょっとした骨折でも完治まで数か月かかる私たちからしたら、「頭の骨が、数か月のあいだに長く伸びてツノになる」だけでも驚くべきことだが、「毎年抜け落ちて生え替わる」というのはさらにすごい。シカのツノの研究者いわく、ツノの骨がすばやく出来上がる仕組みは、再生医療の分野でもにわかに注目されているらしい。
 骨でできたツノを毎年作り直すというのは、とても大変なことだろう。骨を作る素材が足りなくなってしまうかもしれない。実際、ツノを作る最中に足を骨折すると、骨折を治すのにカルシウムやリンが消費され、ツノが短くなってしまうこともあるらしい。
 とくに、妊娠してお腹の中で子供の体の骨格を作るメスにとっては、骨の素となるカルシウムやリンは貴重な物質のはずだ。ヒトでも、妊娠後期から授乳中に骨の内部のカルシウムやリンが減少し、骨粗鬆症になって骨折してしまう例が知られている。
 そう考えると、妊娠するメスのほうが、オスよりも「ツノを生やす」ことの負担は大きいはずだ。カルシウムやリンを無駄にするわけにはいかないからだ。ほかの動物では、雌雄ともにツノをもつ種が多いのに対し、シカの仲間では一部の例外を除いて基本的にオスしかツノをもたないのは、こうした理由があるのかもしれない。

 それにしても、シカのツノはなぜ毎年生え替わるのだろうか? せっかく作ったツノなのだから何年かにわたって使えばいいのに、ともったいない気持ちになってしまう。
 理由の一つとして考えられているのは、ツノが折れても大丈夫なようになっているというもの。実際に折れてしまうケースはさほど多いわけではないらしいが、オス同士がツノで闘う際、枝分かれしたツノはからまりやすそうに思える。「からまってぽっきりと折れてしまっても翌年また作り直すから大丈夫」という設計は理にかなっているのかもしれない。
 ほかにも、「子供を傷つけないため、子育てをするタイミングで一度ツノをなくす」という仮説や、「体の成長に合わせて毎年ツノを作り直す必要があるからだ」という仮説もある。シカのツノのように骨がむきだしになってしまうと、骨の成長に必要な血液の供給がなくなり、ツノの表面にある「骨を作る細胞」が死んでしまう。こうなってしまうと、もはやツノを伸ばすことができないので、潔く一度ツノを捨て、体の大きさに合わせて新たなツノを作っているのだ、という考えだ。
 ウシのようなツノであれば、〝さや〞で覆われた内側に血管や骨を作る細胞があるので、体の成長に合わせてツノの骨を少しずつ大きくすることができるが、骨がむき出しになっているシカのツノは、構造上それができないのである。

 進化の産物と聞くと、つい、洗練された素晴らしい仕組みだろうと考えてしまう。けれども実際は、「もっとうまいやり方があったんじゃないかなあ」とでも言いたくなってしまうような〝泥臭い進化の形〞がたくさんある。毎年ツノを捨てるシカのやり方も、その一例だ。
 生物の進化を俯瞰的に眺める私たちは、「ウシみたいに〝さや〞で覆っていたら、毎年作り替えなくても成長できるのに、無駄なやり方だなあ」と思ってしまうけれど、シカにとってはそのやり方で問題ないのだろう。多少の無駄が出ていても、生き残るのに支障がなかったからこそ、今日でも地球上に数多くのシカの仲間が存在しているのだ。
 一生もののウシのツノは、無駄はないけれども、もしも根本からぽっきりと折れてしまったらすぐには元には戻らない。一方で、シカのツノはコストがかかるけれども、折れたり欠けたりしても問題ない。翌年には、体の成長に合わせてさらに大きなツノができあがるからだ。ケラチンだけでできたサイのツノも、骨ほど硬くはないけれど、欠けてしまっても、爪や髪の毛のように時間がたてば伸びて元どおりになる。
 無駄がなく、硬く強いことだけが「素晴らしい」わけではないのだ。

 春がくると、シカのツノはいっせいに落ち始める。ツノが落ちたシカは、威厳がなくなったものの、頭に乗った重みがなくなって心なしかすっきりしているように見える。直後は血がにじんで痛そうだが、数日もすればすぐに新しいツノが生え始める。
 折れてしまっても、「これ以上成長できない」という状態になってしまっても、リセットしてまた一から作りなおせばいい。多少の無駄があっても、生きていけるならば関係ない。そんな泥臭い進化の形が、私がとても好きだ。
 多種多様な生き物の進化を知ると、生きるのが少しだけ楽になるような気がする。

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プロフィール
郡司芽久(ぐんじ・めぐ)

筑波大学システム情報系研究員。2017年3月、東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程にて博士号(農学)を取得。同年4月より日本学術振興会特別研究員PDとして国立科学博物館勤務後、2020年4月より現職。帝京科学大学非常勤講師(動物解剖学)。専門は解剖学・形態学。第7回日本学術振興会育志賞を受賞。著書に『キリン解剖記』(ナツメ社)。

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