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「チャーハンがパラパラかどうかなんて悩む必要は全くない」平野レミ(料理愛好家)

「どんなチャーハンを食べてきましたか?」──そう尋ねると、人はときに饒舌じょうぜつになります。「なんてことのない日常」に寄り添った料理を通じて語られる、愛着のある情景。そこに、その人の素顔や原点が見えてきます。
連載第1回目は、明るいキャラクターとユニークなオリジナル料理で人気の料理愛好家の平野レミさん。どんなチャーハンを作り、食べてきたのでしょう。



具やご飯を派手に飛び散らかした、子ども時代が原点

チャーハンを初めて作ったのは小学生のころ。へらでご飯や具を炒めようとするんだけれど、右に左に中華鍋の外にバンバン飛び散っちゃって。でも、母はそういうときにぜったい叱らないの。「あらレミちゃん、今日もずいぶん派手に散らかしたわね」って言うだけ。それが良かったと思うのね。

最後に、ご飯と具を端に寄せて、お醤油をジャァッと鍋肌から入れるじゃない。そうすると、ビャァーっていい香りがして。楽しかったぁ。

「火は危ない」「包丁はダメ」とか言わないで、好奇心のおもむくまま好き勝手にやらせてもらえたのが、私が料理好きになった原点。

——自然豊かな千葉県松戸市で、3人きょうだいの長女としてノビノビ育った。父はフランス文学者で詩人の平野威馬雄いまおさん。来客の多い家で、料理する母の影響を受けた。

「手早く・安く・おいしく」は母から受け継いだスタイル。それから、うちには先祖代々、受け継がれている料理もあるの。薄切り牛肉とトマトを炒め合わせる「牛トマ」という料理。父方の祖父はアメリカ人で、両親、私、そして子どもたち、孫と、100年以上つながっているのよ。

味覚でつながる「ベロシップ」は大事よね。息子たちの家に遊びに行ったとき、私と同じような味の料理が出てきたときにはまるで自分の家にいるみたいだった。強い絆を感じてうれしかったぁ。

——先祖代々受け継がれてきた、その「牛トマ」がレミさんがテレビで活躍するきっかけとなった。

本格的に料理を作るようになったのは、和田さん(イラストレーターの故・和田誠さん)と結婚してから。家族や遊びに来る人たちに料理を作っていたら、「食」のエッセイを書くことになって、さらにNHKの「きょうの料理」からも出演依頼が来たの。

私は「料理研究家」でなくて「料理愛好家」。だから「家で作るようにしかできませんよ」と伝えていたのに、普段、家でやっているみたいに湯むきしたトマトを素手でつぶしたら、「あの下品なやり方はなんだ」って抗議の電話が入っちゃって。

「もうテレビ出演はない」と思っていたら、しばらくして新聞に「平野レミの料理はユニークで面白い」という投書が載って。それから今日までずっと続いているの。

素手でトマトをつぶすのには理由があるのよ。包丁で切るより断面がギザギザになって味がしみ込みやすくなるの。今年2月の「平野レミの早わざレシピ!」の生放送では、パスタを手で折る練習をしていったのに、ディレクターが「普段やっているみたいに、膝で折ってください」って。NHKも変わったわよねぇ(笑)。 

「コーヒー入りチャーハン」のユニークなレシピ発想術

めざましコーヒーご飯 撮影・邑口京一郎

——アイデアあふれる、斬新なオリジナル料理で知られるレミさん。チャーハンではインスタントコーヒーを味つけに使う「めざましコーヒーご飯」も考案している。「チャーハンにインスタントコーヒー!?」と思いながら、実際に調理し食べてみると、ベースとなるココナツオイルに、コーヒーの焦げたような風味がマッチしたエスニック風の一品。既成概念にとらわれない発想はどこからくるのか?

私は料理学校に行っていないから「こうあるべき」「こうしないといけない」みたいな固定観念にとらわれず、自由に考えられるのだと思う。コーヒーを入れるアイデアは、息子たちが、朝、学校に行くのに「眠い、眠い」って言うから。「目を覚ますにはコーヒー!」と思って。チャーハンならご飯や野菜も一緒に食べられて一石二鳥でしょ。

料理は食べられるもの同士の組み合わせだから、めったに失敗なんてないの。よほど塩や胡椒、唐辛子とかを入れすぎたりしなければ。子どもが小さいときカルピスが好きで、「スクランブルエッグに入れて」と言うからやってみたら、おいしくできて。ほかに使えないかなと思って、ドレッシングの隠し味に使うレシピもあるわよ。

料理の算数はおいしく作ろうという心が入るから、「1+1」が5にも8にもなるので料理は面白いのよね。「1+1」は「2」みたいな正解ばかり追い求めるとつまらなくなると思う。

——「バカのアホ炒め」「モロ平和」「手間が半バーグ」……料理名もユニークだ。料理と料理名は、どちらが先にあるのだろう。

「バカのアホ炒め」は、スペイン語で「バカ」が牛、「アホ」がにんにくで、「牛肉のにんにく炒め」という意味。私は、ふふっと笑える名前が好き。楽しいじゃない。

料理名は、料理ができてから考えるときと、名前が先に浮かんで作るときと両方あるわね。薄切りので豚を茹でキャベツの上にのせて、タレで味つけする「豚眠菜園」は、オリジナルネームの第1号。夫の和田さんが、野菜畑の上で豚が眠っているみたいだからってつけたの。

最近の料理で、名前が先に浮かんだのは「とんかつお」。とんかつは大きいと、口に入れたときむのが大変じゃない。歯には挟まるし。だから「豚」でなくて魚でやろうと思ったの。魚ならスッと食べられるし、刺し身なら火が全部通らなくてもレアで食べられる。「とんかつお♪ とんかつお♪」……って考えて、刺し身用のかつおを豚バラ肉で巻いて、とんかつ風に揚げた料理が誕生。おいしいよぉ。

パラパラしてなくても、ごっくんすれば同じ

イカペペチャーハン

——取材の日、昼ごはんにチャーハンを作り食べてきた、とレミさん。

冷蔵庫をのぞいたら、焼いたステーキ肉の端切れと、しなびかけたピーマンがあったから、ご飯をチンして、にんにくが好きで常備しているガーリックオイルで炒めて、自家製の醤油麹をからめて、あっという間に出来上がり。

チャーハンは、私にとって残りものの片付け料理。冷蔵庫に残りものがあったら全員集合させて、カレーかチャーハンよね。「イカペペチャーハン」っていう、イカの塩辛を使ったピリ辛チャーハンもあるんだけれど、これも冷蔵庫に塩辛が残っていたから考えたの。わざわざ買いに行ったりなんかしない。

チャーハンは、残りもので何でもできて、買物する必要もなくて、その気楽さがいいのよね。

——簡単で手軽な料理の代表格ともいえるチャーハンだが、グルメ化や情報化を経て「(店のように)パラパラにできない」といった苦手意識の声も聞かれる。パラパラに仕上げるには「卵が先か、ご飯が先か」「冷たいご飯か、温かいご飯か」といった論争も続く。

家のチャーハンで、パラパラかどうかなんて悩む必要は全くないわよ。パラパラは、チャーハンがベロにのっかった一瞬のことでしょう。多少作り方が違ってたって口の中で合体して、ごっくんしたらみんな一緒よ。

私は、料理は喉をごっくんしたときに「おいしい」と思えればいいと思っているの。子どもが幼稚園に通っていたころ、帰ってきて「今日、コロッケが食べたい」って言うから、「わかった、わかった」って言いながら「面倒くさいなぁ」って思ったの。

コロッケは、じゃがいもを茹でてつぶして、玉ねぎとひき肉を炒めて、ひとつひとつ丸めて形にして、粉つけて、卵つけて、パン粉つけて……って、時間と手間が結構かかるじゃない。

それで、大皿にキャベツの千切りをいっぱい敷いて、チンしたじゃがいもをつぶしてのせて、そこに玉ねぎとひき肉を炒めたのを加え、ソースをかけて出したの。そうしたら息子が「コロッケじゃない」って。サクサク感が足りなかったのよね。それで、パン粉をからりしてのせたら「うん。ごっくんしたらコロッケだ」って。

これが、ごっくんすれば味は同じの、「食べれば」シリーズの始まり。レシピは好評で、「食べればロールキャベツ」「食べれば小籠包」って今では30種類以上ある。

なんで、こんな手抜き料理を私が考えるかっていうと、せっかちな性分なの。歩くのも速いし、なんでもタッタカタッタカ進まないといや。だから同じ料理を作るにしても、どうしたら短い時間でできるかなって考える。

そこでできた時間でもう一品考えるほうがいいし、作った人が疲れ切って不機嫌だったら食卓はハッピーにならないでしょう? チャーハンは、そういう意味でだれでもが気軽にできる時短料理。だから、自分のベロを信じて作ることね。

——「キッチンから幸せを」と発信してきた。料理はいまなお楽しく、より多くの人に作ってもらいたいと、レミさんは言う。

疲れていて今日は作りたくないなと思った日は、「自分の食べたいもの」を作ればいいのよ。

最近では、若いころのように料理を失敗することがなくなったわね。年を重ねるとだいたいわかっちゃうの。でも、わかって完成の人間に近づいたところで、人は死んでいっちゃうの。来世がないとほんとうもったいないくらいよ。

私は来世でもぜったい料理を作りたい。絵は目で楽しみ、音楽は耳で楽しむけれど、料理は、ジャーッって炒めた音、匂い、色、形……五感で幸せを感じられるじゃない。初めてチャーハンを作った日のことも五感によみがえってくる。

それでさ、絵や音楽は作ったあと食べられないけれど、料理は食べられるじゃない。最高よね?


第2回(ギャロップ・林健さん)に続く→

◆連載のバックナンバーはこちら

プロフィール
料理愛好家 平野レミ
主婦として家庭料理を作り続けた経験を生かし、「料理愛好家」として活躍。‟シェフ料理”ではなく、‟シュフ料理”をモットーに、テレビ、雑誌などを通じて数々のアイデア料理を発信。著書は50冊以上。エッセイ『おいしい子育て』(ポプラ社)は、第9回 料理レシピ本大賞のエッセイ賞を受賞。近著に『エプロン手帖』(ポプラ社)や『平野レミのオールスターレシピ』(主婦の友社)などがある。長男はTRICERATOPSの和田唱、長男の妻は女優の上野樹里、次男の妻は料理家・食育インストラクターの和田明日香。HP:https://remy.jp/

取材・文:石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。

題字・イラスト:植田まほ子

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