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夏休みのごはん、何作ってる?――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。長い夏休み、日々の食事作りに柚木さんが出した結論とは……?
※当記事は連載の第41回です。最初から読む方はこちらです。

#41 茶色い食卓

 夏休みが始まり、日々の食事の支度が面倒くさくて仕方がない。包丁を出す局面でいつも絶望する。猛暑やお盆前の激務もあって、私の中でもう、一線を超えた感がある。各自が、確実に食べられるものを食べられればいい。まず、うちの子どもはどう頑張ってもほぼ野菜を食べてくれないので、とうもろこしをゆで、それをかじらせている間に、大量の肉を焼肉だれで炒め、ご飯と一緒に一皿で出す。夫の味噌汁は一番好きだというしじみのインスタントカップにお湯をぶち込み、魚の西京漬けをグリルで焼いて、あとは枝豆かトマトがあればまあいい、とする。私はご飯にもずくと納豆とめかぶと刻んだ梅干しを乗せたものに、適当な野菜スープといつも大量に作ってある鶏胸肉とブロッコリーを茹でたもの。デザートの桃は好きなだけ食べる。洗い物はできるだけ出さないよう、そこだけは神経を使っている。食卓を充実させるより、早く風呂に入ってさっぱりして、みんなで藤岡弘、時代の仮面ライダーの配信を見る方がはるかに大事。
 そんなわけで、なんだか食卓がいつも茶色い。しかし、夏バテしなければもうこれでいいのではないか。何しろ、茶色のご飯が一番美味しいのだから。栄養は、身体が勝手に必要な成分を食材から奪いにいくだろう。
 そんなある日、老舗遊園地に家族で出かけた。敷地面積は広大で緑が多く、曇り空にもかかわらず巨大プールでは水飛沫が上がり、人気アニメのコラボや放送中の特撮のヒーローショーで賑わっている。人の入りが程よく、そんなに並ばずに、のんびりと楽しめた。年齢のせいか、新情報が押し寄せると疲れてしまうので、見たまんまの楽しさの乗り物、たとえばティーカップとか観覧車とか子どもを想定したらしき小規模なジェットコースターとかが、非常にありがたい。最近こういった施設につきもののアプリの活用を要求されないので、かえって新鮮だ。
 飲食も充実していて、フランドチキンもクレープもソフトアイスクリームもうどんも、なんでもある。屋外のプラスチックテーブルに取り囲まれた売店の一つに落ち着くことにした。カウンターのメニューを眺めた。焼きそば、アメリカンドッグ、たこ焼き、醤油ラーメン、チャーハン、スモークチキン、フライドポテト……。
 小学校の頃の思い出が蘇るくらい、懐かしいラインナップだ。ピアノ教室の帰りに、スーパーマーケットのフードコートで、母に今川焼きを買ってもらうのが楽しみだったことが急に思い出された。それぞれ欲しいものだけ並べたら、テーブルがあっという間に茶色になる。いくらでも食べられる味付けだ。美味しさがあの頃と同じである。縁日のご飯とはまたちょっと違う。完全に予想の範囲を超えないソース味や油の香りに、心が穏やかだ。
 遊園地の画像を友達に見せたら「この、ご飯!今こういうの、これ食べられるんだ! 食べたい!」と、どの乗り物よりも、茶色のラインナップに興奮していた。
 子連れになってから、さまざまな商業施設のフードコートに行くようになった。彩り豊かな韓国料理とか、おしゃれなドーナツとか、本格的な赤身ステーキとか、最新のトレンドに家族で触れられてとても嬉しい。ただ、私の若い頃ってこういう場所は、こんなに洒落ていなかった気がする。全部茶色で、全部定番だった記憶がある。
 80年代のドラマを見ていると時々びっくりする。今見てもおしゃれでかっこいい若い男女が、最新トレンドスポットで食べるのが茶色いご飯であることがとても多い。美味しくてお腹いっぱいになればいいというパワーは伝わってくる。彩りとか糖質制限とかタンパク質とか叫ばれ始めたのは本当にここ最近なんだなとわかる。
 ちなみにNHKで放送された、ユーミン楽曲にインスパイアされたアンソロジーに収録された拙作「冬の終り」にも、こうしたスーパーマーケットのフードコートが登場する。誰でも好きな味で、ゆえに強烈な印象を残さない味、というようなことを小説にしたつもりなのだが、映像だけであの感じが伝わってきたことには驚いた。作り手の皆さんが同世代の女性ばかりというのも大きかったかもしれない。

次回の更新予定は9月20日(金)です。

題字・イラスト:朝野ペコ

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

ゆずき・あさこ 1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』『オール・ノット』、初の児童書『マリはすてきじゃない魔女』(エトセトラブックス)など著書多数。最新刊『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社)が発売中。

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