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『飛べ!イサミ』&『YAT安心!宇宙旅行』コミカライズを楽しむための“羅針盤”_峰守ひろかず(小説家)

長谷川裕一デビュー40周年&西川伸司デビュー35周年企画として、90年代超人気NHKアニメ『飛べ!イサミ』と『YAT安心!宇宙旅行』が電子コミックスで配信されることになりました。
当時、熱心な視聴者であった小説家の峰守ひろかずさんに、本作コミカライズの魅力について、存分に語っていただきました。


 今回コミカライズが配信されることになった『飛べ!イサミ』の原作は、1995年4月からNHK教育テレビで1年間放送されたテレビアニメです。なお、本作はNHK初のオリジナルアニメだということです。

 主人公は元気な小学五年生の少女・花丘はなおかイサミ。先祖の新選組が残した不思議なアイテム(竜の剣)を自宅の蔵で見つけたイサミは、ヤンチャでスポーツが得意な月影つきかげトシ、クールでモテる雪見ゆきみソウシの二人の男子とともに「しんせん組」を名乗って、ご町内を騒がせる怪盗や悪人、ひいては世界規模で暗躍する謎の組織「黒天狗党くろてんぐとう」に挑んでいき、そこに黒天狗党の四天王や憎めない下っ端トリオ、謎を抱えた担任の先生、失踪したイサミの父親などが絡んでくる……という物語でした。あの頃見ておられた方はあらすじを読んだだけで記憶が蘇り、主題歌が頭の中に流れることでしょうが、アニメを見ていなかった方でも、あらすじだけでもなんとなく雰囲気が想像できるのではないでしょうか。

 どのキャラもそれぞれ魅力的でしたが、ヒロインのイサミは主人公だけあって印象的で、スパッツの似合う快活なヒロインが好きになったのはイサミがきっかけ! という方も多いはずです。少なくとも私はそうで、初めて一途にこの胸が熱くなったものでした。ただ、イサミと同じくらい四天王の一人であるヨロイ天狗も好きでしたが。

©長谷川裕一/NHK・NEP ©2023 NHK出版/コンパス

 さて、今回電子書籍での配信が決まったコミカライズは、『マップス』や『轟世剣ダイ・ソード』、『機動戦士クロスボーン・ガンダム』シリーズなどで知られ、今春の『グレート合体愛蔵版 すごい科学で守ります!』の刊行も記憶に新しい長谷川裕一さんによるもので、放送当時、描き下ろしで毎月一冊という凄まじいペースで全10巻が刊行されていました。

 購読していた方はご存じでしょうが、このコミカライズ版、序盤こそアニメ本編のストーリーをなぞっているものの、途中からどんどん別の話になっていきます。イサミをはじめとした登場人物たちの行動原理はアニメと同じなので、そういう意味ではしっかりとしたコミカライズなのですが、謎の真相やそれを受けての展開が原作に当たるアニメとはまるで異なっており、さらにはコミカライズ独自による続編まで出たため(『飛べ!イサミ ダッシュ』)、驚きながら読んでいたことを覚えています。

 電子書籍の配信をきっかけに初めて読まれる方もおられるでしょうから、具体的なネタバレは控えますが、アニメの後期オープニングで描かれながらも本編には登場しなかった(ドラマCDでは活躍しましたが)謎の巨大ロボが、コミカライズではしっかり大活躍することだけはお伝えしておきたいところです。

 この原稿を書くにあたって久しぶりに読みましたが、『イサミ』以外の長谷川裕一作品を知っている目線で読むと、「こんなアニメだったなあ」と思えるのと同じくらい「長谷川作品だなあ」と感じました。少年少女は正義感に溢れていてアグレッシブですし、悪役は描き文字で大いに笑います。特に、本作の大ボスにあたる黒天狗こと芹沢せりざわ鴨之丞かものじょうは「若者と敵対する、妄執に囚われた老人」という立ち位置なのですが、その末路などを踏まえると、本作とほぼ同時期に連載されていた『機動戦士クロスボーン・ガンダム』のクラックス・ドゥガチと対になる存在なのでは? と思えたりしました。

 そんなわけでコミカライズの『イサミ』はしっかり長谷川マンガなのですが、原作アニメで一貫していた日常感はマンガでも健在で、そのバランスのおかげで、長谷川先生の作品の中でも独特な読み味になっているように感じました。長谷川作品を読んできたけれどイサミは読めていない、という方にはなかなか新鮮に感じられるのではないでしょうか?

 そんなわけで、当時読者だった方は言うまでもなく、アニメだけは見ていた方にも、あるいは長谷川裕一作品のファンだけれど『イサミ』は読んでなかった方にもおすすめしたい作品です。私も、当時読んでいたとはいえ、記憶がおぼろげな部分も多いので、続刊の配信がとても楽しみです。

  *   *   *

  さて続いて、同時に電子書籍が配信される『YAT安心!宇宙旅行』ですが、こちらの原作となるテレビアニメは『イサミ』の翌年、96年10月からNHK教育テレビで1年間放送されました。

『イサミ』が少年探偵団的な作風だったのに対し、こちらは気軽に宇宙に出られるようになった未来が舞台の(アニメ『宇宙船サジタリウス』や藤子・F・不二雄先生の『21エモン』を思わせるような)SF人情コメディ。零細宇宙旅行会社「YATヤット」(ヤマモト安心トラベル)で働くことになってしまった少年・星渡ほしわたりゴローが、わがままな社長や、几帳面で口うるさい宇宙人の先輩社員・ウッチー、調子のいいロボットのカナビー、そして、ガイド兼整備士で美人で優しい天上院てんじょういんかつらなどとともに会社の維持のために奮闘し、そこに、ゴローに恋する大富豪の令嬢のカネア、社長の過去を知る間抜けな宇宙海賊一味などなどが首を突っ込んでくるというお話でした。どうです? 思い出してきましたか? 大空の彼方から僕を呼ぶ懐かしい声が聞こえましたか?

 基本は一話完結ですが、遠方の星系への一瞬の行き来を可能にした大発明「次元トンネル」の秘密や、ゴローの父親の行方などが全編を貫く伏線として存在しており、それらが回収されるクライマックスでは「急に真面目なSFになった!」と驚いたことを覚えています。

 さらにその続編『新YAT安心!宇宙旅行』(98年4月から半年間放送)では、一行は別の宇宙で大冒険を繰り広げることになるわけですが、ボンネットバスを思わせる宇宙船(YATダブ)のデザインに見られるような庶民的なSF感は終始一貫しており、にぎやかな掛け合いの楽しい作品でした。

 登場人物はそれぞれ印象的ですが、ヒロインの桂さんが良かったことは必ず言っておかねばなりません。ガイドの時の制服姿にまずやられて、その上で整備士の時のオーバーオール姿とのギャップでさらにやられ、グッズを求めた視聴者は多かったと聞きます。少なくとも私はそうです。主人公であるゴローを「ちゃん」付けで呼ぶあたりも、胸の深いところを搔きむしられるような良さがあり、ご存じない方はぜひ映像でご確認を……と言いたいところですが、配信されていないのが残念。早急に配信されるべきだと思います。あと『イサミ』のブルーレイも出るべきです。

©西川伸司・NHK・NEP ©2023 NHK出版/コンパス

 こちらのコミカライズの作者は、アニメ本編の原案も担当された西川伸司さん。怪獣や特撮映画のファンにとっては、平成ゴジラシリーズなどの怪獣デザイナーとしてお馴染みの方です。マンガだとデフォルメの効いた可愛い画風で、当時の私は『土偶ファミリー』などで西川先生のことは認識しており、なおかつ怪獣ファンだったにもかかわらず、『ゴジラVSビオランテ』のビオランテのデザイナーと同じ方とは全く気付いていませんでした。

 そしてここで一つ謝罪をせねばならないのですが、放送当時、私はコミカライズを読んでおりませんでした。テレビアニメは楽しく見ていましたし、関連書籍も欲しかったのですが、ネット書店も電子書籍も存在せず、通える範囲の書店に見当たらなければそれっきり、という時代です。もしかしたら近くの書店に入荷されていたものの、誰かに先に買われていたのかもしれませんが……。

 というわけで、今回この原稿を書くにあたって、初めて1巻と2巻を読ませていただきました。原作アニメのにぎやかさに加え、ほっこりした温かみを強く感じました。そもそも人情コメディ要素が強い作品ということもあるのでしょうが、アニメのキャラは頭身がけっこう高い印象だったのに対し、西川先生ならではのデフォルメの効いたギャグシーンのおかげなのか、初めて読むのに懐かしいというか、落ち着けるというか、そんな気持ちになれました。メカや怪獣のデザインはしっかりクールなのに可愛いですし、桂さんはなおのこと可愛かったので、一読者として、続刊の配信がとても楽しみです。

 往年の作品が気軽に楽しめる時代になったとはいえ、コミカライズ作品は版権の問題もあってか、なかなか手に取る機会が来ないもの。この配信をきっかけに読者が増えるのであれば、当時の(そして現役の)一ファンとしてこの上ない喜びです。


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峰守ひろかず
小説家。電撃小説大賞〈大賞〉受賞作『ほうかご百物語』で2008年にデビュー。主な著作に『絶対城先輩の妖怪学講座』、『金沢古妖具屋くらがり堂』、『今昔ばけもの奇譚』、『ゲゲゲの鬼太郎』(テレビアニメ第6期ノベライズ)などがある。近刊は『少年泉鏡花の明治奇談録』。

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