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みんなテレビっ子だった!――料理と食を通して日常を考察するエッセイ「とりあえずお湯わかせ」柚木麻子

『ランチのアッコちゃん』『BUTTER』『マジカルグランマ』など、数々のヒット作でおなじみの小説家、柚木麻子さん。動画との付き合い方に悩みつつも、自分の子どものころを振り返ってみると……。
※当記事は連載の第26回です。最初から読む方はこちらです。


#26 テレビ視聴時間

 うちの子どもは、動画に夢中である。すきあらば私のスマホを奪い、YouTubeを見ようとする。もしくは、自宅のテレビ画面でNetflixかAmazon Prime Videoをじっと見ている。タブレットは捨てた。チャンネルは隠した。極力見せないようにと思って頑張っていたが、コロナ禍のワンオペ体制で「なんか、もう、いいや。見ても」となり、今に至る。もちろん、これはまずい、なんとかしなければ、と毎日、格闘してはいる。育児関連の本を読むと、ちゃんと子どもと話し合って、視聴時間を決めて、納得して切り上げるように、とある。この箇所を読んだだけでもう面倒になったので「これ以上、YouTubeを見ると、スマホが熱くなりすぎて、大爆発し、二度とYouTubeが見られなくなる」「これ以上、Netflixを見ると、Netflix Japanが配信をストップする上に、追加料金がかかり、二度とガチャガチャが買えなくなる」などの嘘をついている。おすすめはしないが、てきめんに効果はある。
 我が家がひどいのは百も承知だが、私から見ると、理想的な育児をしている友人も「動画をついつい見せすぎてしまう」とこぼしているくらいだから、これはもしかすると、現代社会の抱える問題なのかもしれない。我々大人が現実に起きていることよりも、スマホに釘付けなのだから、子どもらがそうなっても仕方ない。さあ、今こそ変わるべき時が来たのだ。親子で動画やネットから離れて、新緑の公園に出かけよう。だって、子どもと過ごす今は、いつか過ぎ去ってしまうかけがえのない宝物なのだから――。
 などというつもりはない。仕方がない。動画は面白いし、外に出るだけで大変だし、公園は疲れるのだ。だから、私はここである提言をしたい。提言というか、案外みんな忘れているのではないか。自分が子どもの頃の一日のリアルなテレビスケジュールを――!?
 ここに1987年のある日曜日のテレビ欄がある。我が子と同じ、六歳の頃、私が一体何を見て暮らしていたのかたどるだけで、細部や香りまでまざまざと蘇る。

 朝は大抵8時台に目が覚めるが、両親は大抵まだ寝ていた。私は冷蔵庫からチューペットかヨーグルトを取り出し、さっそくテレビのチャンネルをつける。ファンシーな動物のキャラクターと80年代のアーバンな雰囲気の融合が嬉しい「新メイプルタウン物語 パームタウン編」からフジテレビのちびっこドラマ「おもいっきり探偵団覇悪怒組」を楽しむ。そのまま「笑っていいとも増刊号」に流れ込んだような気もする。日が暮れてからは、いよいよ本番、フジテレビのアニメコアタイムだ。「のらくろクン」「サザエさん」。19時からの「陽あたり良好!」の時間は食事をしていたので、エンディングテーマ「世界中の羊数えさせないで」しか覚えていない。もしかすると、あだち充のテイストはまだ早いと親が判断したのかもしれない。19時半からは今なお大好きなハウス食品世界名作劇場の「愛の若草物語」に胸をときめかせた。20時からは家族で「元気が出るテレビ」を見ていた。けっこう悪趣味で、幼稚園児が見ていい内容だったかはなはだ疑問だが、子どもが出てくる企画も多く、いつも楽しみにしていた。山口美江と兵藤ゆきが好きだった。そして、21時からは淀川長治の魔法のような語り口に引き込まれた「日曜洋画劇場」。おそらく、この時期から私は、吹き替えで繰り返しハリウッド映画を見たことで、その後の人生の価値観が決定してしまうのである。いい知らせはパーティーを開いて祝わなければならないし、悪はいつか大爆発するものだと固く信じているところがある。23時のラストまで全部見た夜の方が多かったのではないか? 六歳にしてはかなりの宵っ張りだ。
 その時間しめて五時間半である。
 さらに、小学校に入ると、学校から帰ってくるなり15時からの再放送をひたすら見続ける日々が始まる。夕方のニュースを挟んでバラエティ番組、大人のドラマまで見るようになる。あの頃、母もまた「いかすバンド天国」に夢中になっていたから、私がテレビにかじりついていることをあんまりうるさく言わなかった気がする。母が大好きだったリトル・クリーチャーズというバンドのことを今でも時々思い出す。どう考えても私はテレビに支配されていたが、その隣には母の気配がいつもあったし、殺伐とした子ども時代ではなかった。その合間で経験したことや読んだものは、今もちゃんと胸に残っている。
 さて、話は最初に戻る。うちの子は確かに動画に夢中だが、さすがに五時間半は見ていない気がする。なにしろテレビを見る習慣がまったくないし、子どもの頃の私よりは厳しい時間制限を受けている。目にしている内容も、80年代の日本で作られたものより、ジェンダー的にもポリティカルコレクトネス的にも優れたものばかりだ。別に私は我が子に動画を見せていることを正当化したいわけではない。
 ただ、子どもに動画見せすぎで罪悪感に駆られている者同士、もしくはついつい動画を見すぎて今日も何もできなかったとうなだれる人は、自分の子ども時代のある日のラテ欄をぜひぜひ眺めてほしいと思うのである。日常そっちのけで小さな画面に夢中になっていることをあまりにも時代の闇とみなす風潮はどうかと思う。ネットに触れる前の私たちもまた、目の前の景色よりも、四角い画面に惹かれ、どきどきわくわくしていたのは、まぎれもない事実であることを、どうか思い出してほしいのである。

次回の更新予定は6月20日(火)です。

題字・イラスト:朝野ペコ

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プロフィール
柚木麻子(ゆずき・あさこ)

1981年、東京都生まれ。2008年「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞し、2010年に同作を含む『終点のあの子』でデビュー。 2015年『ナイルパーチの女子会』で山本周五郎賞を受賞。『ランチのアッコちゃん』『伊藤くんA to E』『BUTTER』『らんたん』など著書多数。最新書き下ろし長編『オール・ノット』(講談社)が好評発売中。

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