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酒場詩人・吉田類があなたを低山に誘う

酒場詩人・吉田類さん出演のNHKの人気番組「にっぽん百低山」がついに書籍化されます!
吉田さん自らが「ぜひ登ってほしい」30座をセレクトし、読者を「誌上登山」に誘う一冊。特色ある山の風景、山頂からの絶景、さらには地元の名店まで、豊富なビジュアルと共に、低山の魅力を味わい尽くします。

本稿では「吉田さんにとっての低山の魅力とは何か?」を語っていただきます。


高知県・横倉山を前にして

低山の魅力

 山をとにかく楽しみたい、そう考えて低山登りを始めた。もちろん高齢ゆえの身体ケアは心がけている。けれど番組で5、6座を登り終えたころには、若き日に培った山歩きの体力が少しずつ戻ってきた。僕が低山の魅力にまった理由の一つは、故郷が四国山地の真っただ中にあったことだろう。
 小学校中級生ころの夏休み。4人ほどのわんぱく仲間で登山をしたことがある。地元の裏山ながら、子供らだけで登るにはハードだと聞かされていた。その山については〝はげ山〟という呼び名を知るだけ。僕らは誰も登ったことがない。登山装備も心得もないままに挑んだ。身軽だったせいか、思いのほか早く頂上へ辿たどり着けた。山は茫々ぼうぼうたる荒れ地で視界を遮る木立がない。
 見渡せば幾重にも重なる山並みは果てしなくつづき、気の遠くなる広大さ。土佐湾の一部が山並みの彼方かなたきらめいていた。無謀極まりない子供たちだけの登山だったが、幸運にも無事下山できた。翌年僕は故郷を離れ、二度と登ることはなかった。
 ところが最近、このはげ山の記述をインターネットで見つけた。標高
1073 m。「にっぽん百低山」で紹介した高知県越知おち町の横倉山よこぐらやま( 標高800m)とは古道でつながる峰つづき。かやを刈り取る〝萱場山〟で、修験道の山でもあった。茅き屋根を見かけることも少なくなった昨今、各地の萱場山は人工林や雑木林に変わりつつある。はげ山の萱場もすでに無いという。しかし、この少年期の登山体験が僕の脳裏に焼き付いており、山を登るたびに蘇ってくる。

 息をむような絶景と対峙したり、山岳信仰の不思議さと絡まったりする低山。いったい幾座あるのだろうか。番組プロデューサーの答えは「数千は超えるでしょう」。万葉の歌に詠まれた大和三山だって標高140m~200mの立派な低山。数えてもキリがないだろう。
 縄文期の太古から命を育んできた列島の山々。人は水源を神聖なるものと敬い、その恵みに感謝してきた。山岳を見据えた自然崇拝から神道へ、そして神仏習合の修験道へと受け継がれた精神文化も山には刻まれている。石仏やほこらに手を合わせ、時に断崖の鎖場をよじ登るのも低山の醍醐味。
 現代、登山は健康回復を目的に始めて、いつしか信仰のようなものを抱くようになったケースも多い。ある登山道で山頂の神社と登山口の往復をくり返す女性に出会った。そこで「そのパワーは信仰心からですか」と尋ねたことがある。すると「スポーツです」あっけらかんと笑顔で言う。なんとも大らかでいい。
 僕は少年時代と変わらぬ冒険心を低山歩きにぶつけている。忘れもしないあの光景。切通しの大峠に差し掛かると、前方に山並みのシルエットを映し出した大夕焼けが待ち構えていた。思わず手をかざした。おそらく指先まで紅く透けていただろう。
 エコシステムを象徴するキャッチフレーズ「森は海の恋人」。なんとも美しい言葉だ。僕はそこに「山は命とくらしの揺り籠」を添えたい。
 さあ、揺り籠を肌で感じてみませんか。

吉田 類
(『NHKにっぽん百低山 吉田類の愛する低山30』まえがきより)


吉田類が全国の低山をご案内

『NHK にっぽん百低山 吉田類の愛する低山30』では、NHK「にっぽん百低山」で取り上げた山の中から、吉田さん自らが「ぜひ登ってほしい」30座をセレクトし、読者を「誌上登山」に誘います。

 低山の魅力は「地域の人々の生活と密着しているところ」と語る吉田さん。30座それぞれの、山と人々が紡ぐ物語を辿ります。草花をはじめとした、山ごとに多種多様な自然の美しさや、山頂からの絶景などを豊富なビジュアルで楽しめ、さらに下山後にぜひ行きたい地元の名店もご紹介。まるで吉田さんと共に登山しているような気持ちになること請け合い。

登場する全国の30低山

北海道・東北
手稲山/藻岩山/函館山/田代岳/本山/太平山/姫神山/泉ヶ岳/猫魔ヶ岳

田代岳の麓に広がる水田を散策する

関東
月居山/岩櫃山/川苔山/鋸山/烏場山/鍋割山/大平山/金時山

月居山の名瀑・袋田の滝

中部
角田山/弥彦山/羅漢寺山

角田山・山頂付近からの絶景

近畿
伊吹山/金剛山/龍王山/六甲山最高峰

伊吹山・石灰岩のガレ場の急登に苦戦する

中国・四国
弥山/象頭山/横倉山

下山後には地元の名物で一献(広島県・弥山)

九州・沖縄
名護岳/鶴見岳/貫山

名護岳・鬱蒼としたジャングルの中を行く

吉田 類(よしだ・るい)
酒場詩人。俳人、イラストレーター。1949年高知県生まれ。著書に『酒場歳時記』(NHK出版新書)、『酒場詩人の流儀』(中公新書)など。テレビ出演に「吉田類の酒場放浪記」(2003年~、BS-TBS)、「にっぽん百低山」(2020年~、NHK)。

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