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あなたの街は大丈夫? 人口減少時代の再開発を問う

福岡、秋葉原、中野、福井など、現地の徹底取材から浮かび上がる再開発の光と影とは――。
2024年1月20日の放送が反響を呼んだNHKスペシャル「まちづくりの未来~人口減少時代の再開発は~」をはじめ、再開発の内実に切り込んだNHKの番組をもとにした新書『人口減少時代の再開発 「 沈む街」と「浮かぶ街」』が好評発売中です。
その再開発は、高層化ありきのスキームとなっていないか、資材や人件費の高騰による財政リスクにどう対処しているか、街の個性や住民目線を置き去りにしてはいないか、そして、次世代に引き渡せるものとなっているか――多面的に検証します。
刊行を記念し、本書「序章」の一部を特別公開いたします。



なぜ全国の都市で高層ビルによる再開発事業が進むのか

開発を止めない街、東京

 高度経済成長期に建てられたビルなどが更新時期を迎えている日本。古い建物をまとめて取り壊し、高層ビルやタワーマンションなどを建てる再開発事業が各地で盛んに行われている。首都圏はもとより、たまに訪れる地方都市でも、駅に降り立ったとき、「知らない間にここにも高層ビルが……」と驚かされることがしばしばある。
 ただ、開発が顕著なのはやはり東京だろう。ここでは近年、本当に街の至るところで、高層ビルによる開発が行われている。都心には、2023年に地上64階、高さ330メートルの麻布台ヒルズ(港区)が開業。現代アートのような特徴的な外観で、大阪のあべのハルカスを抜く、日本一の超高層ビルだ。
 湾岸部にも2024年に、東京オリンピックの選手村跡地にマンション群「晴海フラッグ」が誕生した。建設中のタワーマンションを含む19棟もの分譲マンションが立ち並び、入居予定者はおよそ1万2000人。新たに小学校や商業施設などもつくられ、まさに、新たな街一つが湾岸部に出現した形だ。
 これ以外にも、東京では秋葉原(千代田区)、京成立石(葛飾区)、中野(中野区)、自由が丘(目黒区)、石神井公園(練馬区)など、各地の駅周辺で高層化による再開発計画が相次いでいる。
 実際に高層ビルへのニーズは根強い。都心につくられる高層ビルはオフィスや商業施設などが入るが、今も需要が高いとされる。
 また、各地のタワーマンションも相変わらず人気があり、新築マンションの平均販売価格は上がり続け、東京23区では2023年に初めて1億円を超えた(不動産経済研究所調べ)。この価格高騰は地価や建設資材の高騰などが背景にあるということだが、これだけ値上がりし続けても、その人気に陰りは見えていない。
 この再開発ラッシュの理由として、まず挙げられるのが駅周辺の建物の「老朽化」だ。都内にも1960年代から70年代にかけてつくられた建物は多く、また、いわゆる「もくみつ地域(木造住宅密集地域)」と呼ばれる地域も数多く存在している。こうした地域では、耐震性や防災上の観点から建て替えが不可避とされ、再開発の大きな理由とされてきた。さらに、日本各地で地震が相次ぎ、東京でも首都直下地震への備えが急務となるなか、建物の強度を高める“更新”は必要と考えられている。
 また、昨今激化している「都市間競争」も理由に挙げられる。とくに東京は日本全体が人口減少傾向にあっても、人口が今も増加し続けている(2023年8月時点で約1409万人)例外的な都市であり、ヒト、モノ、カネのすべてが集中し続けている。あくなき成長を希求する東京で、“選ばれる街”であり続けるため、その魅力を絶えず発揮し続けなければならないというのだ。
 今や世界中から観光客が集まる秋葉原では、「電気街」や「サブカル」を体現したような駅前の雑居ビルなどがある一角を、高層ビルに建て替える計画がもちあがり、議論となっている。
 洗練されたテナントがひしめく人気の街、自由が丘でも、駅前に高層ビルを建設する計画が進んでいる。両方の街とも、高い知名度がありながらも再開発計画がもちあがった背景には「変化し続けないと街として生き残れない」という危機感があるのだという。

取材のきっかけ――なぜ今ごろ都心で〝地上げ〞?

 皆さんは、この東京で進む未曾有の再開発ラッシュをどのように見ているだろうか。
 ちょっと話が脇道にそれるが、私たちがこのテーマを取材し始めたきっかけを述べさせていただきたい。私自身は25年にわたる記者生活の中で、こうした不動産や再開発をテーマに取材した経験はほとんどなかった。だからというわけではないが、東京の中でも加速度的に駅前再開発が進む渋谷駅近くの職場に何年も通いながら、このテーマをあまり自分事としては考えてこなかった。
 通勤で使う渋谷駅は、再開発に伴う大改修が何年も続き、新たな高層ビルが次々と建設されている。ただ、言い訳をするようだが、人の記憶というものはあいまいなもので、新たな建物により、街が更新されていくと、かつてそこにあったはずのビルや店、人の営みは次第に思い出せなくなっていく。私はこうした渋谷で続く再開発をもはや日常のものとして受容し、その変化に鈍感になっていた。
 そんな再開発への考えが一変する出来事が2022年秋にあった。
 それは、一人の記者から受けた「都心のある一等地で、悪質な地上げが行われています」という報告だ。地上げそのものは「不動産会社が土地を買いつける行為」で、そのこと自体は合法な取引だ。ただ、その土地を買うため、地主や借家人を立ち退かせる過程で、しばしば嫌がらせが行われるという。悪質な地上げといえば、昭和のバブル経済期に土地の高騰によって社会問題化したが、それが令和となった今も本当に行われていることが、にわかに信じられなかった。
 しかし、記者から現場の映像を見せられ、はっとした。そこには、立ち退きを求める雑居ビルの軒に、生肉や魚がぶら下げられていたのだ。さらに取材すると、その業者は首都圏の別の場所でも悪質な地上げを行っていた。立ち退きを迫る隣の土地で、男たちがテントを張って朝まで大音響で音楽を流したり、住民が外出する時に後をつけたりしたこともあったという。これらを聞いて、「相当悪質な嫌がらせだと思うけれど、警察や行政が取り締まることはできないの?」と問うと、記者は首を横に振ってこう答えた。
 「もちろん嫌がらせを受けている住民は警察や行政に何度も助けを求めています。しかし、明確な犯罪行為でないと取り締まることはおろか止めさせることも難しいそうです」
 土地の取引は、主に地権者と民間の開発事業者との間の問題であり、民事不介入の案件とされる。ただ、その原則は個人間の紛争である場合に守られるものであって、今回のような嫌がらせがそれに該当するというのは違和感があった。
 さらに、疑問だったのは、こうして地上げした土地に大手デベロッパーがいわゆるブランドマンションを建設しているという事実だった。業界の関係者に取材すると、「この地上げ業者のような“汚れ役”は再開発には欠かせない」という声も聞いた。
 もちろん多くの新築マンションは正当な取引に基づく土地に建てられているだろう。そして、このケースはかなり例外的なものかもしれない。ただ、それであってもやはり強いショックを受けた。
 「このテーマは深掘りしたい」
 私は10年来さまざまな番組で苦楽をともにし、このテーマにも通じている阿部宗平チーフプロデューサーに相談し、取材班を結成。半年にわたる取材の成果を2023年4月にクローズアップ現代「令和の地上げトラブル その実態は?」で放送した。
 さらに、首都圏のマンション需要や再開発の現場で取材を重ね、夕方の番組「首都圏ネットワーク」やデジタルサイト「首都圏ナビ」の中で、「不動産のリアル」と題して2年近くにわたって、シリーズ展開を続けてきた。そして、これらの取材は本書のもとになる2024年1月のNHKスペシャル「まちづくりの未来~人口減少時代の再開発は〜」に結実することになる。
 一連の取材で、私たちが大事にしてきたのが、不動産の専門家たちだけでなく、地権者や住民たちの声だ。実際に、私たちの放送や記事を見て、毎回身近な再開発やマンションの問題などについて、多くの方々から情報や意見が寄せられている。どの分野でも、専門的な法律や知識、さらに業界の慣習をしつしていなければ、問題の所在が理解できない。
 ただ、届けられた情報を読みながら痛感したが、この不動産という領域は、当事者たちからの声を聞いて初めて知ったり気づかされたりすることがより多く感じる。だからこそ、皆さんからの情報提供は心からありがたい。
 一方で、それに甘えてばかりいてもいけない。こうした再開発に関わる案件は、民間同士の取引に見えても、行政も許認可などで関わっている。それらの情報はオープンにされなかったり、目につきにくい担当部局のホームページに載せられたりしているだけだが、だからこそ、取材するこちら側の問題意識と感度が試されている。

「再開発=高層化」その理由は

 さて、本題に戻そう。そもそも東京で相次ぐ再開発を一体どう見ればいいのだろうか。
 「老朽化した建物の更新」、この安全性に関わることについては、反対する人は多くないかもしれない。相次ぐ大地震、毎年のように繰り返される水害など、今を生きる私たちは絶えず災害のリスクにさらされており、それに強いまちづくりをすることは急務であるからだ。
 ただ、そのことを加味しても、再開発に反対の意見や違和感を口にする人たちが少なくないのはなぜだろうか。
 それは、これらの再開発の多くが「高層化」というスキーム、つまり高層ビルやタワーマンションの建設とセットになって成り立っているからではないだろうか。
 さきほど触れた秋葉原の再開発現場。こちらでも反対の立場の人たちが口にしていたのが「高層ビルの建設により個性豊かな街が没個性になりはしないか」という懸念だった。
 また、音楽家の坂本龍一さんが生前に反対の意思表示をしたことで知られる明治神宮外苑の再開発。こちらも樹木の伐採が反対する主な理由に挙げられるが、開発に伴って建設される3棟の高層ビルについても「緑豊かな景観が損なわれないか」といった声や「ビル風への懸念」が取り沙汰されている。
 確かに高層ビルが建てられ続け、人口が集中し続ける東京の街を見ていると、時折強い不安に駆られることがある。
 2011年に起きた東日本大震災。あの時、東京では、交通機関が軒並み止まり、都心から自宅に帰りたくても帰れない「帰宅難民」が大量に発生した。多くの人たちは都心に極度に人口が集まることがいかにリスクかということを身をもって体験したはずだ。
 また、高層ビルやタワーマンションのリスクも顕在化した。当時、東京は震源から400キロほども離れていたが、長周期地震動により、高層ビルが大きく揺れた。エレベーターが使えなくなり、長時間閉じ込められた人たちも相次いだ。
 また、2019年の台風19号では、タワマンの開発が相次ぐ川崎市の武蔵小杉で多摩川の氾濫による停電が発生した。一部のタワマンでは、エレベーターが停止したり、断水したりして、住民たちが長期間、不自由な生活を余儀なくされたのは記憶に新しい。
 さらに、景観など都市の魅力という点でも再開発が高層化一辺倒となると、地域によってはその魅力をげんすいすることにつながるおそれがある。本書にもそうした葛藤を乗りこえた再開発の事例が紹介されているので、ぜひご覧いただきたい。

高層のメリット――地権者の持ち出しなしで街を一新

 それでは、高層化による再開発のメリットとは何だろうか。
 その理由として、最も多く語られるのが事業性の高さだ。そもそも再開発事業は、建物を高層化してつくり出した新たな床( りゅうしょうと呼ばれる)を売却し、その利益を工事費にあてることで、事業を成立させる仕組みとなっている。
 しかも、事業者に取材すると、この仕組みは、自分たち(事業者)のみならず、地権者や行政にとってもメリットがあるとされる。
 もともとその土地に住んでいた地権者にとっては、費用負担をせずに、新たに建設される高層ビルやマンションに「けんしょう」を受け取り、入居することができる。これは「権利変換」と言われる。
 また、行政は老朽化などで役所の建て替えが必要な場合、土地が高騰する都内の自治体にとって新たな土地の確保は容易でないが、こうした高層ビルの一部の床を使えば、コストを抑えた形で役所の機能の一部を移すことができるのだという。
 所得が伸び悩み、各家庭の懐事情はどこも厳しい。また、自治体にしても東京23区のような特別区でさえ財政状況は決して楽ではない。こうしたなか、持ち出しがなくても「新たな床」が確保できる高層化の再開発は、事業者を含めた三者にとって魅力的なスキームとなっているのが現状だ。
 さらに、このスキームの後押しをしているのは国からの補助金である。活況を呈している首都圏の不動産事情の裏側にはこうしたカラクリが存在する。先述のように、首都圏の地価は高騰し続けているため、高層ビルなどで生み出される新たな床はオフィスやマンションなどとして高値で取引することができるというわけだ。


続きは『人口減少時代の再開発 「 沈む街」と「浮かぶ街」』をお読みください。

NHK取材班
2024年1月20日に放送のNHKスペシャル「まちづくりの未来 ~人口減少時代の再開発は~」を制作したチーム。また、クローズアップ現代にて「再開発はしたけれど 徹底検証・まちづくりの“落とし穴”」、首都圏情報ネタドリ!にて「急増!“駅前・高層”再開発 家選び・暮らしはどう変わる?」等を制作。また、ウェブ「首都圏ナビ」内に「不動産のリアル」を連載している。

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